モノ化について
人間をモノとして扱う事、モノ化。
「直感的にモノ化はだめっていうのは分かるけど、現実的にはモノ化は不可避だと思うんですよね」という指摘があった。
「同じモノ化でも、(女性が監督やプロデューサーや大物芸人などの立場の高い男性が)有用だから付き合うというのは許されても、(そうした立場の高い男性が女性を)モノとして献上される上納システムは批判される。
ここの道徳的な部分を話すのに、モノ化自体がだめというのは解像度が低いと感じてしまいました。」
確かにモノ化にも確かに程度がありそうである。
上下関係があって立場の低い相手に何かを命ずる時などは、相手をある意味ではモノとして、道具として、手段として、扱っている。
しかし、そうだとしても、モノのように乱暴に扱うのでは非難される。
命令するか、頼むか。
そのときに、役職で呼ぶか、名前で呼ぶか、「おい、雑魚」って呼ぶのか。
相手のミスを否定するのか、人格を否定するのか。
一部モノとして扱っているところがあるのだとしても、相手の人格を雑に扱うのか、あるいはある程度でも相手を尊重しながら扱うのか、という違いだろうか。
これをカントで考えてみる




