2022年6月27日月曜日

プラトニックラブとエロティシズム?!ロマンスを求めて。



  プラトニックラブの誤解

「人間は元来球体であったものが二つに分かれて世に解き放たれているものであり、生きるという行為は、本来の自分の姿に戻るための片割れを探す旅なのだ」

プラトンの「饗宴」を読むとこの話は出てきます。
しかし、この記事には誤りがあります。

「饗宴」とは飲み会のこと。

ある飲み会でアリストファネスが次のように述べます。

男女の合体したアンドロギュヌスと、男男の合体したのと、女女の合体したのが神によって別々に別れたから、
いつも片割れであるソウルメイトを求め、出会うと離れられなくなるのだと。

しかし、誤解が多いのですが、これはプラトン的な愛、プラトニックラブとは異なります。

というのは、この後にやってきたソクラテスによってそれは真実ではないと言われるからです。

  プラトニックラブとは何か?

プラトンは自分の主張をソクラテスに語らせます。
ソクラテスは次の話を巫女のディオティマから聴いたとみんなに話します。

実は愛する者は、相手の美を見ているのであって、相手を見ているのではない。
個別的な美しいものは、個別的であるがゆえに完全ではない。個別的なものによって私に思い出させる美そのものに気がつくと、それをこそ追い求めるのだと言います。
なぜなら、美そのものは永遠不滅であるから。

これはプラトンのイデア論に繋がります。
個別的な美は不完全に過ぎないのだ。「美そのものを観るに至ってこそ、人生は生きがいがあるのです。」

ゆえに、アリストファネスに対してはこのように言えるでしょう。別れる前の状態が醜かったら、例え最初は合体していたとしても、片割れを求めることはない。と

ちなみに、美を追い求める過程には段階があるとプラトンはソクラテスを通して語ります。
それは次のような順番です。

①一つの美しい肉体
②あらゆる美しい肉体
③美しき職業活動
④美しき学問
⑤美の本質の認識

しかしながら、プラトンの説よりも、プラトンの説のための前座であったアリストファネスの論がロマンチックだと取りざたにされて、誤解する人が多いようです。
私もまたアリストファネスのアンドロギュヌスのほうがロマンチックでいいのですが。

ともかく、みなさん、「饗宴」を開き、ぜひプラトニックラブが何なのか読んでみてください。

  愛そのものは美ではない?

愛するとは、美を求めるということ。

知恵を十分に持っている(と思っている)者が知恵を求めるだろうか?求めない。
ゆえに、それと同じで美を求める者は美を持っていないからだ。

しかし、だからといって醜いわけではない。
完全に無知なもの、つまり自分が無知だと自覚すらしない者が知を求めるだろうか?求めない。
ゆえに、それと同じで美を求める者がまったく美を持っていないというわけでもない。

ソクラテスが話したディオティマから聞いた話にはこういう感じのところもあります。
美そのものを求めようとする神霊はエロースという神霊であり、これがエロいとか、エロティックの語源となっています。

美を追い求める段階を読んでください。

プラトンの著作を読むと、エロいことと、プラトニックラブとは両立しているのです。

それは…
肉体から始まる愛でもよい。しかし、肉体だけで終わる愛はよくない。

という感じでしょうか。
ちなみに、この逆を行くのがバタイユのエロティシズムです。エロいので詳細は省きますが。
イメージ的には

プラトニックラブは、
地上から、天上の美そのものへの憧れを目指して浮上していく。

地上の私→天上の美へ

バタイユのエロティシズムは、
宙に浮いたがごとくに美しいものを暴力的に地獄に引きずり下ろして瀆すことにより感じる官能。

天上の美→地下の私に

しかし、両者には共通点があります。

①どちらも、個別的なものは見ていない。美そのものを見ている。天に向かうか、地に引きずり下ろすかの違い。

②どちらも死に近い。
天国か、地獄かの違い。
死後にいたれるようなイデアの世界と、オーガニズムの短い死のような法悦。官能。

③どちらもいわゆる社会的なルールからの逸脱としてのエロース。
恋する者は一見、社会的な規範を破る狂気に見えても、実は神的なものに取り憑かれている良いものだというプラトン。ルールは破って官能を感じるために作ったのだというバタイユ。


プラトンとバタイユ
もちろん、時代も違い、それぞれ独自に考えてるフシはあるので、両者を合わせるのは暴論かもしれませんが、私にはこのように見えました。
どちらも、恋愛論としてはロマンティシズムが欠けている。
そのあたり竹田青嗣がさらに補足して恋愛論を論じてた気がします。

  ロマンティシズム

先ほど私はアンドロギュノスの話をロマンチックと言いました。

ロマンティシズムとは、自分の中にある大切な人生の物語に陶酔することだと思われます。
※竹田青嗣の「エロスの世界像」参考

僕にとっては、いつか冒険に旅立ち、悪を倒し、財宝とお姫様を獲得すること。
私にとっては、今の悪い状況にいつか王子様が現れ、悪い状況から私を助け、幸せになること。

そういう感じの物語がそれぞれ各個人にあり、大人になる過程で、その物語にぴったりなお姫様や王子様と出会い、運命、この人しか自分にはいないというロマンを感じる。

もちろん、様々な出会いとともに成長して知っていくので、子供の頃のままの物語ではないし、プラトン的なものとバタイユ的なものとが合わさった複合的な物語になるのだが。

少なくともこの人でなければだめだ!というのはそういう物語のようなものが恋愛が成立するには必要条件と思われます。

2022年6月1日水曜日

贈り物の哲学 〜安部火韻の贈与論〜





最高の贈り物は、未来の受け取り主に対して贈られる。

贈り主は、未だ贈り物を受け取っていない受け取り主しか知らない。

だから、受け取り主が受け取った姿を僕ら贈り主は想像するしかない。