2026年5月2日土曜日

多様な解釈を孕む作品「王鴉(オオガラス)」

作者が語らなくても、真実は作品そのものが語っている。

一旦、そう考えてみる。
もちろん、作者が意図を込めて作品を作ることはある。
しかし、作られてしまった作品は作者の元から離れて、鑑賞者の自由な見方に委ねられる。
そして、そういうのも大切にしたいと思う。
アートはわからないと多くの人は言う。
だから、作者はときおり説明をたくさんしてしまう。
作品が理解されてしまうと、その理解に満足してしまい、そこを立ち去る。
まだ、謎はたくさん残っているのに。
作者の意図も大切にしたいと同時に、もっと見る人の自由なイメージをも大切にしたいと思う。
今回の私の作品「王鴉」(オオガラス)
この作品を見て、お客様からさまざまな解釈をいただいたので、それを(さらに尾ひれを付けて)話してみたいと思う。

 1.イソップ童話で考える「王鴉」
まずは製作者である私自身の考えを述べてみたい。

私はこの作品をイソップ童話のひとつをモチーフにしている。
その童話は「おしゃれなカラス」という邦題だったり、「虚飾に色どられたカラス」だったり、「王様になりたがったカラス」だったりで一定しない。
だがおおすじは次のようなものである。

鳥の王を決めるよう神からお触れが出て、鳥たちは美しい鳥が王に相応しいと話し合い飛び去る。カラスは自分が黒くて醜いと思い、落ちていた他の鳥たちの羽を自分の翼に着け、美しくなって鳥たちの前に登場する。鳥たちはカラスとは認識しないがその美しさを認め王に相応しいと思うが、自分たちの羽が勝手に使われていることに気づき、カラスから自分の羽を奪い返す。

私はこの物語を作品にした。
衣類を人間の虚栄の象徴と捉え、大きくニセモノの羽を広げ、顔も額に飾られた絵で代用されるが、自らを恥じる黒いカラス本体はほんの小さなものであり、目立たせない。
たくさんの衣類を下げたので重さもある。きっとこのカラスはもう飛べないだろうというイメージが生まれる。
もう飛べない。孔雀のようにただ羽を広げて見せびらかし、王として偉そうにするしかできない鳥。王の鴉(カラス)―王鴉。
すると、本当はこのカラスは飛びたいのではないだろうかとも思う。
だから、上空にアイボリーの布を縦横無尽に舞わせ、裸の絵を掲げた。
裸になれば飛べると。










 2.ロマン求めて世界を旅する「王鴉」
作品を見てくれたあるロマンチストの男は、衣類を吊り下げた大きな作品の右下に置かれた旅行鞄に注目した。
旅行鞄の上にはキャプションがあり、「王鴉」と書いてある。
オウガラス、つまり、大鴉(オオガラス,RAVEN,ワタリガラス)のことだ。
ワタリガラスは渡り鳥でもあり、長い距離を移動する。
ここに飾られたたくさんの衣類、それはいろんな文化由来のものが吊り下げられている。
インドっぽいものやアジアン、そして、アメリカンなプリントパーカー、イギリスのトラディッショナルな服、着物と帯があれば、ペイズリー、それから、ペルシャをイメージさせる服もある。
これらは旅ガラスが世界各地で獲得したものを自分の翼につけているのだ。
世界を旅すればするほどに、大きくなっていくワタリガラス。
では、カラスの上に浮かんでいるあの女性はなんなのか?
実はこの旅には目的がある。
自分にとっての理想の女性を探し求める旅だったのだ。
だから、その女性は自分よりはるか高くに理想として浮いている。
そうしてカラスは旅を続ける。
彼の想像にはロマンを感じた。

彼の見立てをもとに、さらに想像を進めてみたい。
他の人ならどう見えるかと。
女好きには、ドンフアンに見えるかもしれない。すると、翼の衣類たちは、袖にした女たちの身体から剥ぎ取ったものに見えてくる。
野望のある人には、世界征服に見えるかもしれない。すると、自分の世界を拡大するから、多国籍の衣類の身体が大きくなっていくことになるのだ。アレクサンドロス大王や、チンギスハンのイメージが重なるかもしれない。王鴉である。


3.鮮やかに変身する「王鴉」
占い師の見方もおもしろかった。
その方はワタリガラスの伝説と作品の色に注目した見方である。
作品の真ん中下にあり、カラスとしての色である黒。
黒という色はもっと肯定的に見ることができる。
黒とはどんな色か?
黒をイソップ童話のカラスは醜いと感じているようだが、実は非常に美しい色でもある。
また、黒はあらゆる色を含んでいる。それゆえ、黒から、いろんな色が生み出されうるとも考えられる。
つまり、翼につけられた色とりどりの衣服は、カラスのさまざまな色への変化(へんげ)なのだ。
ワタリガラスは北米のネイティブアメリカンの伝説では姿を自在に変えられる存在としているところがあるそうだ。
それだけではなく、ワタリガラスは世界を創造した存在であるという伝説もあるそうだ。
その意味では、実にさまざまな色を生み出せるその黒い身体が、そのままこの大地となり世界を形作ったと想像してしまうことも可能なのだ。

そこからさらに思考を進めてみる。
我々人間も、固定した一人の人格ではなく、場所、役割、関係によって、さまざまに変わりうる。
衣服を変えるというのはある意味でその象徴とも考えられる。
その状況に応じたドレスコードで衣服というペルソナ(仮面)を身に着け、人はいかようにも変身する。
この場合には、上に浮かんだ裸は薄い紗のような幕を大きくまとっているとも見え、最も洗練された変貌であるかもしれない。

 4.邪悪な「王鴉」
悪魔のようだと形容した人もいた。
全体的に赤や黒ではっきりした毒々しい色があり、かかったブランケットはフランシスベーコンの悪夢のような絵画をプリントしたものだし、アメコミのプリントパーカーはベノムというヴィランのキャラクターだ。
裏から見れば、真っ赤な翼を広げており、なるほどさらに悪魔に見えてくる。
そうすると、宙に浮いている裸の女性は生贄であろう。

 5.ポーの「大鴉」
実は、この作品をつくるときにもうひとつ念頭に置いていた物語があった。それはエドガー・アラン・ポーというアメリカの怪奇小説家の書いた詩「大鴉(オオガラス)」である。
「大鴉」という詩はひとつの物語になっている。
レノーアという愛する女性を失った男が、何を聞いても”nevermore “としか返さないしゃべる鴉に取り憑かれていくという話である。
最後は曖昧なのだが、影に囚われたか、死んだか解釈できるような表現で終わっている。
私は、この男はカラスになったのではないかと考えている。
大鴉によって解釈するなら次のようになる。
まず、宙を浮いている女性はレノーアである。
次に、絵画としてかかっているのが大鴉である。
下にある黒いカラスともいえないカラスは大鴉に囚われてカラスにされてしまった男なのである。
かかってあるたくさんの布はなんなのか?
「怖い」という漢字は心の布と書く。つまり、この男を縛りつける恐怖の象徴なのである。





 6.洗濯ものを狙う「王鴉」
最後に主婦の見たこの作品の読み解きを紹介したい。
「これはどう見ても洗濯物や」と彼女はいう
上にいる裸の女性は?と私が聞くと、
「洗濯が終わってひとやすみしてるんやな」
なるほど、じゃあ、真ん中のカラスは?
「やっぱり洗濯物のハンガーとか光物をねらってるんちゃうかな?」

本当にいろんな見方があるものだ。
こうしたそれぞれの読み解きがその人それぞれの色(の衣服)であり、この「王鴉」という作品の翼に追加されさらにさらにと際限なく大きくなっていくのである。