映画「羊たちの沈黙」みなさんはこの映画に隠された意外に深い意味を知ってますか??
最近(2016年)、この映画に隠されていた意味を知って、改めて単なる猟奇殺人鬼映画ではないと確信し、興奮してます。今(2026年)は納得していない部分もありますが、やはり斬新だと感じています。
ハンニバル・レクター博士は、人肉を食べます。レクター博士には教養はありながら、人を殺すことに罪の意識を全く感じないサイコパスです。
しかし、なぜかFBIのクラリス・スターリング捜査官は、レクター博士と交流していくうちに親近感を覚えます。
その不思議な交流を描いていくのがこの映画の骨子ですが、さて、一体なぜスターリング捜査官は親近感を覚えるのでしょうか?
しかし、なぜかFBIのクラリス・スターリング捜査官は、レクター博士と交流していくうちに親近感を覚えます。
その不思議な交流を描いていくのがこの映画の骨子ですが、さて、一体なぜスターリング捜査官は親近感を覚えるのでしょうか?
まずはタイトルの解明から入ります。
「羊たちの沈黙」のタイトルの意味とは、何でしょうか?
「羊たちの沈黙」のタイトルの意味とは、何でしょうか?
タイトルの邦訳は「羊たち」となっていますが、英語を見るとlamb(ラム)であり、「子羊」です。
子羊というと、羊飼いにたとえられるイエス・キリストを想起させますね。
迷える子羊を導き、救う救世主はクラリスでしょうか?
第一に、クラリスの幼少期のトラウマ、すなわち、父の死と子羊の死を目の前にして、何もできずただ沈黙しているしかなかったということを意味しています。クラリスは子羊たちの鳴き声を夢に見て、子羊たちを沈黙させてやりたいと望みます。子羊たちの鳴き声はクラリスが助けてやれなかったという悔恨、つまり良心の声なのです。
第二に、バッファロービルなど殺人鬼たちの前では被害者たちは泣き叫ぶ子羊です。クラリスは彼女らを助けようとすることで、夢に見る子羊の鳴き声を鎮めて沈黙させたいと願います。
第三に、死人に口なし。つまり被害者である彼女らは沈黙するしかない。確かに殺されてしまった女性は沈黙するしかないが、さまざまな痕跡を残しており、そうした痕跡が沈黙しているのに叫び声をあげている。そうした痕跡を捜査することで犯罪の真相にせまるのです。
○幼いクラリスは殺される運命の羊たちを救いたい
↓
⚫︎FBI研修生のクラリスは殺される女性たちを救いたい
cum tacent, claimant. (彼らは沈黙しているとき、叫んでいる)
第四に、
内田樹というフランス現代思想の研究をしている哲学者による指摘を取り上げます。
彼は、実はレクターは逆のイエスキリストなのではないか?と問いました。
人間は、動物たちの肉をなんのためらいもなく食べる。それは(キリスト教では罪ではないけれど)今や罪深いことです。
すると、レクターは人間の肉を食べることで、人間の罪を逆の仕方で贖おうとしているとも読めるのではないか?という。
ここで、なぜスターリング捜査官は親近感を覚えるのか?という問いに戻ります。
一つ目の理由は、もちろん、精神分析的なものです。レクターはクラリスに情報を提供する代わりに、彼女自身のプライベートな生い立ちなどの情報を要求しました。それをきっかけに彼女は自身の心のトラウマを打ち明け、レクター博士がそれを受け止めたため、親近感を持つに至ったのです。
人間は誰しも自分自身の心を打ち明けてしまうと、一気に親近感を覚えるようになるものなのです。
もう一つの理由はハンニバルシリーズの物語の深層部分にあります。それはレクター博士が罪の意識なく人肉を食べることによって、罪の意識なく動物の肉を食べる人間に、いわば象徴的な形で復讐していることがクラリスを象徴的に救っているのです。
意味が分かりませんね。もう少し丁寧に追っていきます。
物語の主人公クラリス・スターリングは幼少の頃、アメリカの片田舎に住んでいました。彼女の叔父は生活のため家畜を殺すのですが、彼女はそうした子羊や馬などの家畜のことがかわいそうでなりません。一度は馬と子羊と一緒に家出さえしました。
しかし、結局、動物たちを救うことができませんでした。
そして、その記憶はそのまま、彼女の中で罪の意識を形成しました。
そして、その記憶はそのまま、彼女の中で罪の意識を形成しました。
大げさに言えば、要するに動物を殺して食べたり衣類にするという人間の罪深さを自覚したのです。
レクター博士は人間が動物に対して為す屠殺を、人間に対して復讐することで、いわば、人間の罪を贖っているのです。殺人鬼のバッファロービルもそうかもしれません。人間を衣類にしてしまうので。
つまり、イエスキリストがやったのとは逆の方法で人間を救うように描かれているのです。
レクター自身が救世主として捧げられた子羊たちを生贄として、クラリスら罪深き人間を救うという。
タイトルの子羊の意味は、昔から子羊は神への捧げものとして使われていたことの暗喩ともなりうるのです。
つまり、一方ではクラリスは犠牲となった女性たちを救いたい。もう一方では、殺人鬼たちによって、子羊としての人間たちが犠牲となることによって、クラリスたちが象徴的に救われるのです。
註:内田樹の「ひとりでは生きられないのも芸のうち」のネタを自分なりに再構成しました。
註:内田樹の「ひとりでは生きられないのも芸のうち」のネタを自分なりに再構成しました。
2016年→2026年に改訂

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