2020年10月25日日曜日

映画「世にも怪奇な物語」を改めて拝見

「世にも怪奇な物語」という映画を見た。 「世にも奇妙な物語」ではありませんw しかし、「世にも怪奇な物語」は「世にも奇妙な物語」と同じで、異なる映画監督が異なる作品を異なる仕方で撮った短編集なのです。

この三つの作品です。
「黒馬の哭く館」(くろうまのなくやかた)
「影を殺した男」
「悪魔の首飾り」
これは次の三つのポーの作品に基づいている。
「メッツィンガーシュタイン」
「ウィリアムウィルソン」
「悪魔に首を賭けるな」

邦題「黒馬の哭く館」原題「メッツェンガーシュタイン」映画言語:英語 この作品は、フクロウや馬、ライオンの子供など動物たちが多く登場し、なにがしかを象徴しているような映画 《愛したものをあえて燃やす》というところに三島由紀夫の「金閣寺」を思い出させる(あるいは燃やすとはまた違うがジョン・レノン殺しのマーク・チャップマンやエミネムの「スタン」、スティーブン・キングの「ミザリー」なども) しかし、描き方がドラマチックというよりひたすら叙情的だった。 また、衣装がとても奇抜で、個性あふれるB級感がありますw
では、次の作品へ 邦題「影を殺した男」原題「ウィリアム・ウィルソン」映画言語:フランス語 これはドッペルゲンガーものだが、ジキルとハイドの逆で、悪心ではなく、良心が分身となって自分の自由な悪事を邪魔するというもの。 その意味では「インソムニア」という別の映画を思い出す。その映画では、昔の罪に心を痛めさせる良心によって眠れないインソムニア(不眠症)を描いていたが。 話を戻すと、 アランドロン演じる主人公はいつも舎弟に慕われ、悪いこと、残虐なことなどを楽しむサディスト集団の長として近所を支配していた。その様子は三島由紀夫の「午後の曳航」の少年たちを思い起こさせた。 言うまでもなく「影を殺した男」という映画の見どころは美女との緊迫した賭け事のシーンがとても魅せられた。美女のほうも、彼に対抗して、かなりふっかける度量の持ち主なのだ。強い女性。なんとベベが演じていた。 そういえば、この映画で主人公の少年時代には、分身が同じ顔であることを示すために覆面させることなく顔も異なる俳優を起用していたが、青年になってからは、覆面させて同じ顔であることを隠していた。 これは少年時代に出会った分身は、実際に現れた他人であり、大人になってからは幻覚であるということを示唆しているのかもしれない。 実際に少年時代に出会った他人とのトラウマの思い出を心が作り出す幻覚へと構成してしまったとも解釈できるのだ。 邦題「悪魔の首飾り」原題「トビーダミット」原作「悪魔に首をかけるな」映画言語:イタリア語と英語 フェリーニ監督の傑作。とにかく悪魔少女といい、トビーダミットといい、さまざまなシーンがいい味を出している。ほかの作品とは違って、原題が原作と異なっているように作品もオリジナリティが高い。