2011年4月17日日曜日

アリス・イン・ワンダーランド  Alice in Wonderland by TimBurton

DVDでバートンのアリス・イン・ワンダーランドを観た。
率直な感想だが、やはり原典を越えることはできなかった。通俗的な話で、奇妙な美のみが見どころとなっている。勧善懲悪。悪の対立。圧政。女性英雄が運命を主体的に切り開く話だった。

不思議の国のアリスのテーマはそんなところにはない。徹底的な矛盾、運命による翻弄にあろう。主体的であることはその世界に秩序をもたらす。従って、アリスが主体的であるのは好奇心のみであって、何らかの決心は必要ない。
既存の不思議の国のアリスの世界が固定的になってしまっている。不思議の国はより流動的なものであると思う。 もはや不思議の国のアリスを映画として撮ることは固定的なイメージの繰り返しでしかないのか。

もっと独創性が必要だと思う。例えば、赤の女王の顔が大きいのは最初は面白く見えたが、しばらくすると面白く
もなんともない。だが、もしその顔が女王の感情によってふくらんだりしぼんだり変化するとしたらどうだろう。 あるいはもっと帽子屋はもっとトンチンカンなことを言ってもいいはずだが、映画ではまったくもって狂人のようにふるまう常識的な人間だった。
全体的に可笑しさが中途半端であると感じた。ビックフィッシュのほうが、よっぽど独創的で面白い。
同じ世界観でも原典に沿ったディズニーの不思議の国のアリスのほうがよく思える。 それはディズニー独特の音楽(歌)の力にあると言えし、アニメだから画像が加工しやすいということもあるし、お茶会はまったくもってイカレていてでおもしろすぎる!それに比べてこの映画には面白いところが少ない。

キャラクター呼称の日本語表記について差別用語だなんだといろいろあろうが「マッド・ハッター」ではあまりになじみがない。日本語の語感を発揮した「いかれ帽子屋」のほうがよっぽど親しみやすいと思う。
いかれるという表現に問題があるなら、そもそも英和辞書によれば"mad"も"mentally ill"よりは弱い表現であるが、"insane"より強く凶暴であり、問題はあるのではなかろうか。英語には強くないのでよくは分からないが。

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