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2024年1月1日月曜日

初日の出を見ながら、年明けについて考える。


 明けましておめでとうございます!

7:01すぎに日の出を見ました。


元旦を0:00に祝うっておかしいのではないか?


「明けまして」とは日の出を意味しているのではないだろうか?

もともとは、日没に年が終わり、日の出と共に新年が始まるというものなのではないだろうか?


2022年12月23日金曜日

パリピ文化!? ハロウィンより酷いクリスマスw

クリスマスは厳かに過ごすべき??

クリスマスとは、キリストのミサ(礼拝)を意味している。

イエス・キリストの誕生を祝う日だと。(ただし、よく誤解されるがキリストの誕生日ではない。)

そして、それゆえにクリスマスが世俗的・商業的すぎる、特に日本ではキリスト教徒でもない人がなぜクリスマスを?などと批判されたりする。

そういう人は、最近のクリスマスとは違って、本来のクリスマスはキリスト教徒が厳かに神を讃える宗教的な典礼の日なのだと思っているようだ。

だが、それは本当だろうか??

今日は次の本を読んでおもしろかったところを紹介してみようと思う。

「クリスマスの歴史 祝祭誕生の謎を解く」ジュディス・フランダーズ/伊藤はるみ 訳



キリスト教徒に敬遠されるクリスマス!?

実は驚くべきクリスマスの真実があった。

313年にキリスト教がローマ帝国でコンスタンティヌス大帝によって公認され、その後、ユリウス二世(337~332)がキリスト降誕を12月25日に祝うようにと布告が出る。

これがクリスマスの始まりとされている。

そして、記録では389年に死去したコンスタンティノポリス大司教、ナジアンゾスのグレゴリオスが生前、聖なる祝日にダンスをしたり、過度に飲食したりすることを戒めている。

これは何を意味しているのだろうか?

わざわざ戒めるということは、戒めを受けるほど、人々がダンスしたり過度に飲食して騒いでいたからなのである。

つまり、クリスマスはそれがローマ帝国で制定されてから少なくとも30年以内には、すでに暴飲暴食やダンスにふける世俗的なイベントとして楽しまれていたのである!

その後も、何度も教会はクリスマスの過度な祝宴を戒めようとするが、そのたびに人々が戒めを受けるほどクリスマスに騒いで羽目を外していたというのがわかる。

とりわけ厳しく禁止されたのは、時代は飛んで、16世紀のイギリス、ちょうど清教徒革命の前後のことだった。イングランドやスコットランドの厳格なキリスト教徒、プロテスタントの清教徒(ピューリタン)たちはクリスマスを祝うことを禁止しようとしたのである。

彼らがクリスマスを非難する理由は、

ひとつは人々のクリスマスの祝い方が度が過ぎるし、

もう一つはやはりイエス誕生がクリスマスであることについて聖書にはどこにも記述がないからだ。

それから、クリスマスはカトリックのでっちあげた迷信の行事、元は異教ユールの日だという見方をしていたからとか、

クリスマスは聖人を記念する祝日だが、プロテスタントは聖人を人と神との仲立ちをする役割として認めていないといった理由もある。


16世紀のスコットランドでは、「クリスマスソングを歌うこと、サッカーをすること、仮面劇や無言劇をすること、歌ったり踊ったりすることはすべて不敬だとして禁止された。とはいえ、それらを禁ずる布告がたびたび出されているということは禁を破る者が多かったということだろう。」47頁

実際、1561年、スコットランドの清教徒、長老派教会はクリスマスのすべての行事を禁止し、多くの人がクリスマスを祝った罪で有罪となり、破門されたりしているケースまで存在する。


隣のイングランドの清教徒たちは少数派だったのでクリスマスを非難はするが禁止することまではできなかったが、その多くがアメリカに移住するので、そこで初期のころはクリスマスを禁止しようとしていた。

初期から清教徒が多く入植していたアメリカのマサチューセッツでは、1654年、マサチューセッツ湾植民地裁判所が、クリスマスに仕事を休んでお祭り騒ぎをした者、あるいはどんな方法であれその日を祝った者には5シリングの罰金を科すと定めた。(ただし、実際に罰金を払った例はなかったらしいので、体裁だけだったらしい。)

「清教徒の牧師インクリーズ・マザーは「いわゆるクリスマスというものは、飲酒と賭け事と狂気じみた馬鹿騒ぎのことだ」と教会に集った人々に語り、「飲酒」という言葉を念入りに繰り返した。」74頁

このようにクリスマスに眉を顰めるキリスト教徒も多くいたのである。

続いて、実際にクリスマスにはどのようなパリピたちがいたのかを見ていこうと思う。

2019年12月25日水曜日

みなさんはクリスマスの起源を知っているだろうか?

 クリスマスとは一般にクリストマス、つまりキリストのミサを意味しているのだが、私は、他の多くの人々と同じく、そもそも宗教を信じていなかった。
サンタが赤い服を着ている起源についてはもともと聖ニコラウス祭司が着ていた似た色の服をコカコーラがさらに定式化したという話は、あなたがたも聞いたことがあるかもしれない。

 しかし、クリスマスそのものの起源はどうだろうか。
クリスマスの起源、それは古きイランのほうから古代ローマ帝国へやってきて浸透していたミトラ教という今は亡き古代宗教に始まる(イランではないとの学説もある)。ミトラ教はミトラス神を信仰し、そのミトラス神が誕生した日が12/25だというのだ。

2016年4月1日金曜日

サンタと私の希望

いつの間にか・・
小3の時、普通に信じていたが、サンタのくれたメッセージが日本語だったことに疑問を持った。また、ほかの友達にきたメッセージは英語だったので、余計に疑問を持った。
小4その年のクリスマスの夜、サンタに会おうと決心した。ダンボールの箱の中で(うちではクリスマスプレゼントは靴下や寝室ではなく居間にあるクリスマスツリーの下に置かれるのですが、)サンタを待っていたが寝てしまい,、失敗。
小5のとき、今度は居間の隣の部屋で布団に隠れながらサンタを待ち、父の歯磨きの音が止んだ後、物音がした。
布団から出て、そっと居間を覗いてみるとプレゼントはあったが、誰もいなかった。「サンタは父かも?」と言う懸念が頭を過ぎる。しかし、確信できず。
中学に入って3年間の間に弟が根拠もなくおそらく友達などに言われて「サンタはいない」と断言。
さらに、私はプレゼントの内容がだんだんと気に入らなくなっていった。中2の時のプレゼントが大きかったので期待を膨らませて開けると、なんと地球儀だったのだ!!弟なんかもっと酷いなんと・・なんとお菓子や箸、筆箱である。
弟は友達に「クリスマスプレゼントなんだった?」って聴かれる度に苦痛を感じたそうだ。
親は親で「我が家は本当はキリスト教じゃないから(とかサンタを信じないからとか、いい子にしないから、等その時々で理由をつけて)サンタクロースは来ないんだよ。でもそれじゃあかわいそうだからお父さんが代わりに買っているんだよ」   っっっってバラしてる!!
そんなわけで夢は壊れたわけ、、でも僕が本当のほーんとーに確信したのは高校に入って最初のクリスマスにクローゼットにプレゼント
に隠してあるのを見つけてからなのです。ここで初めて「やはり両親がサンタだったのか」と確信しました。
しかし、確かに家では親がサンタの代わりをしているが、僕が小3の時はどうだったか分からないし、本当のクリスチャンの家には来るのかも知れないと思っています。

ここで一言:あの太陽の輝く遥か彼方に、私の最もあこがれている何ものかがあります。たとえ、そこに達することが出来なくても、私は頭を上げてその美しさを眺め、そこにあると信じ、その指差す方向へついて行くことができるのです。ルイザ・メイ・オールコット